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福岡地方裁判所久留米支部 昭和58年(ワ)55号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告に対し金一億二〇八二万六八八〇円およびこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告福岡県土地開発公社(以下「被告県公社」という。)は、農村地域工業導入促進法に基づく被告広川町(以下「被告町」という。)日吉および新代地区内の約八一平方メートルの地域に大規模な工業団地を誘致する計画を遂行するため、昭和四八年頃から地権者との交渉、契約、代金の支払等工業団地用地買収事務を行い、被告町はこれに協力していた。

2  原告は、被告県公社に対し、昭和五三年六月二一日前記工業団地建設予定地内に存する原告所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金手取額八二〇〇万円で売り渡した。

3  その際被告らは、原告に対し、右売買に伴う税金は被告らにおいて負担する旨約束した。

4  そして、昭和五三年六月から七月にかけて代金八二〇〇万円および本件売買に伴う税金負担分として金七二一万六〇〇〇円が被告県公社から原告に支払われた。

5  原告は、昭和五四年三月本件土地の譲渡所得税として金六四七万円を八女税務署に納付した。

6  ところがその後原告は追加課税処分を受け、所得税として金一八九九万九八〇〇円、同延滞加算税として金二九二万九一〇〇円、県民税として一二五万一五五〇円、市民税として金三六一万九〇三〇円をそれぞれ納付した。

7  被告らが支払うべき金額

(一) 追加課税額 一億一〇五九万二八八〇円

前記のとおり原告は追加課税処分を受け、合計二六七九万九四八〇円を納付したのであるから、原告は被告らに右金員の支払を請求しうる。

そして、原告の右請求が認容され、被告らが右金員を払った場合には、この金額が譲渡所得となり更に追加課税処分がなされることとなり、その後もこのような手続が繰り返されることとなる。

これを第一五次まで計算すると、別表「追加請求金額の総括表」記載のとおり所得税、県民税、市民税の追加課税額は合計金八一五三万一〇八〇円となる。そして、これに過少申告加算額金二七三万六〇〇〇円、延滞金二六三二万五八〇〇円が加算されることになり、これら金額を合計すると金一億一〇五九万二八八〇円となる。

(二) 弁護士費用 一〇九八万円

原告は被告らに対し追加課税額を支払うよう再三再四にわたって話し合いを申し入れたが、被告らは今日に至るまで誠意ある回答をしなかった。

そこで原告は原告訴訟代理人に訴訟による解決を依頼し、弁護士費用として請求金額の一割に相当する前記金額を支払うことを約した。

よって、原告は、被告らに対し、連帯して前記合意に基づき、金一億二〇八二万六八八〇円およびこれに対する請求拡張した第一五回口頭弁論期日の昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否(被告両名)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中代金手取額を金八二〇〇万円とする旨の合意をしたことは否認し、その余は認める。同3の事実は否認する。

原告と被告らとの本件土地についての合意内容は、売買代金を金四三九〇万九〇八〇円、物件移転補償費として金一〇二万四五〇〇円、構造改善費金四四二八万二〇〇〇円を原告に支払い、そのうち右売買代金部分についての税金金七二一万六〇〇〇円を被告県公社が負担するというものである。

3  同4ないし6の各事実は認める。

4  同7は否認する。

三  抗弁(被告両名)

1  原告ら一部売主を除く大多数の地権者は、被告らが鑑定等に基づいて算定した価格を基礎とした売買額でその所有地の売渡しに応じ、しかも同代金額に応じた所定の税金を納付しているのに、原告のみは右算定価格の倍又はそれ以上の価格で本件土地を売り渡したうえ、売買契約書記載の額で算定される公課を納付するが、後日手取額に応じた課税については被告らに負担させるという法で定める諸税の納付を免れることを目的とした合意をしているものであって、前記税金負担に関する合意は公序良俗に反し無効である。

2  売買契約において単に純手取額をいくらと表示し、手数料、税金等は買主の負担とする契約形式は、地方税、国税、手数料等の計算を課税機関の責任において行わせることにより課税機関に不可能を強いることになるから、認めることができず、かかる形式の売買契約は無効とすべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1および2は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(本件工業団地誘致計画における被告両名の役割)の事実は当時者間に争いがない。

二  原告と被告両名との間の本件土地売買に関する税金負担の合意の有無およびその内容

1  請求原因2の事実中原告が被告県公社に対し昭和五三年六月二一日本件工業団地建設予定地内の本件土地を売り渡したことおよび請求原因4ないし6の事実(原告に支払われた金員、原告が譲渡所得税を納税したこと、原告が追加課税処分をうけその金員を支払ったこと)は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に〈書証番号略〉、証人田中三千人、同加藤豊二、同高田辰男、同丸山恵助(一部)の各証言並びに弁論の全趣旨および〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

(1)  被告町は、同町日吉および新代地区の約八一万平方メートルの地域に大規模な工業団地を誘致する計画を策定し、昭和四八年一一月農村地域工業導入促進法に基づき福岡県知事の同意を得、以後被告町、福岡県、被告県公社、および地域振興整備公団(以下単に「公団」という。)の四者が相互に協力しつつ、右工業団地誘致計画を昭和五二年末完了の見通しで実施することとなった。そして、被告町は、福岡県を通じて被告県公社に工業団地に要する土地の先行取得を委託し、これを受けて被告県公社は、被告町の協力を得て工業団地用地の買収を行うこととなり、公団は被告県公社が買収した土地を買入れこれを造成して企業に売り渡すこととして昭和四八年末ころから工業団地予定内の地権者に対する買収活動を開始した。

(2)  当初、右工業団地の用地買収は比較的順調になされていたが、最終段階に近くなって、地権者の中に農業を継続したいとか、先祖伝来の土地を手放したくない等の理由の下に売渡を拒み、あるいは県公社が不動産鑑定士の鑑定などを基準にして算定した買収価格を大幅に上回る金額を要求したり、広大な代替地を要求したりする者が出現するに至った。本件工業団地造成事業には土地収用法が適用されず工業団地内の土地を強制的に収用することができなかったことから次第に買収交渉が難航するようになり、当初完了見込みの昭和五二年末において工業団地用地の大部分はなんとか買収できたものの、なお工業団地予定地の中心部にある二〇数名の地権者の土地は買収未了の状態であった。

そして、そのころ被告県公社は、既に買収済の土地についてはなんとか公団にこれを買い上げて貰ったものの、公団と福岡県、被告県公社、被告町との覚書により、昭和五三年末までに工業団地用地の買収を完了しないときは公団が既に買い上げた土地を地方公共団体側が買い戻すことを合意したため、仮にそのような事態になれば右買収に要した費用約三〇億円が最終的に被告町の負担となってしまうことから被告らは危機感を強め、用地買収交渉には被告ら職員のみならず被告町の町長、助役、町会議員、老人会や婦人会などの各種団体役員、さらに県会議員や地元出身の国会議員などをも動員して極力地権者の説得に当たる一方、代替地を希望する地権者には被告町がこれを取得して要望に応え、被告県公社が算定した基準価格を遙かに超える金額を要求してきた地権者に対しては、その要求額をその侭容認することは、一般に公的事業に基く買上げの際に適用される補償基準を無視することとなって不適切である許りでなく、これまで概ね右基準に従って算定した額によって買収に応じてくれた大半の地権者との均衡を著しく破ることとなって不相当であるところから、苦肉の策として、表向きは基準額に依拠した金額を売買代金額と定め基準価格を超える部分につき、従来圃場整備や水路の整備など農地を改善するための経費を補填する目的で被告町の方から支出されていた農業構造改善費なる費目を利用し、裏金として「構造改善事業費」の名目で被告県公社の資金提供を受けて被告町がこれを支払うなどして買収に努力していた。

(3)  原告は、本件工業団地予定地に本件土地を所有していたことから、昭和四九年以降被告らの職員などにより本件土地を売り渡すよう相当回数に亘り説得されていたが、当初はこれを拒否していた。しかしながら、原告は、被告らの度重なる説得のためとうとう買収に応じることを決意し、被告らと数回にわたり価格交渉を行った結果、右買収の対価として金八二〇〇万円を受け取ることで合意した。ところで、その際、原告は右買収にかかる税金について被告らにおいて面倒を見るよう要求したが、被告側がこれに難色を示し、唯被告らにおいていわゆる「構造改善事業費」も「農業構造改善費」と同様非課税扱いになるものと誤信していたところから、前者の名目による裏金の利用によって、原告の要望に可成り添えるものと考え結局被告らは、税金を被告らの方で原告の要望通り全面的に負担するかどうかの点を曖昧にしたまま、税務対策や申告手続については被告らにおいて責任をもって行う旨約束し、昭和五三年六月二一日付で原告に対し被告町長および被告県公社久留米事務所長の連名で「(右土地の)用地買収に伴う税務対策については、町及び土地開発公社において責任をもって代行します。」との内容の念書(〈書証番号略〉)を作成した。そして、被告県公社は、右八二〇〇万円という金額が同公社の算定した買収の基準価格をはるかに超えていたことからこれを超える部分については前記「構造改善事業費」名下に裏金を捻出して、これを充てることとし、同月三〇日原告との間で本件土地につき表向きの代金額を金四三九〇万九〇八〇円として売買し、右土地上の物件の移転補償費として別途金一〇二万四五〇〇円を支払う旨の内容の契約を締結した。そして、同年七月一日から同月二〇日にかけて右売買代金および物件移転補償費の合計四四九三万三五八〇円が被告県公社から原告に支払われるとともに前記合意に係る八二〇〇万円との差額分金三七〇六万六四二〇円および右売買契約上の代金額四三九〇万九〇八〇円のみを基準として算定した税金相当分金七二一万六〇〇〇円の合計金四四二八万二四二〇円が「構造改善事業費」の名目で被告県公社の資金提供により被告町から原告に支払われた。

(4)  昭和五四年三月被告町は、工業団地用地として譲渡した土地の譲渡所得税について地権者に対する説明会を開催し、原告はこれに出席して被告町の職員から税額を計算してもらうとともに申告書を作成してもらい、これに基づいてそのころ本件土地の譲渡所得税として金六四七万円を福岡県八女税務署に納付した。ところが、原告は、昭和五六年九月に至り本件土地の譲渡所得は前記売買代金、物件移転補償費および「構造改善事業費」を合算した金八九二一万六〇〇〇円であるとして八女税務署から追加課税処分を受け、右金額に対応する所得税額から既に納付した税額を差引いた金一八九九万九八〇〇円および同延滞加算税金二九二万九一〇〇円を納付し、そのほかに県民税として金一二五万一五五〇円、市民税として金三六一万九〇三〇円の追加課税処分を受け、それぞれ納付した。

以上のとおり認められ、右認定に反する証人丸山恵助の証言は措信しがたく、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

3  右認定事実によれば、被告県公社が被告町を通じて原告に対し「構造改善事業費」名下に一部税金分として金七二一万六〇〇〇円の金員を支払った時点において、原告と被告県公社との間には本件売買契約上の土地の代金にかかる税金七二一万六〇〇〇円についてこれを同被告において負担する旨の暗黙の合意が成立したと認めるのが相当であるが、然し更にそれ以上進んで本件土地売買契約締結の段階で原告が本件土地売買で取得する予定の手取額を確実に取得し、右手取額に将来かかるかも分らない税金の全てを被告らにおいて負担するとまでの合意があったとは到底認めがたく、そして本件においては右合意の存在を首肯せしめるに足りる的確な証拠はない(むしろ前記認定によれば本件土地売買契約締結時においては将来追加課税処分がなされることは当事者双方とも認識していなかった。)。したがって、前記認定のとおり原告がその後所得税、県民税、市民税などの追加課税処分を受けてこれを支払ったとしても、右税額分は本件土地売買で所得を得た原告において当然に支払うべきものであって、これを被告らに請求するいわれはないものといわなければならない。

してみると、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却するほかはない。

三  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤浦照生 裁判官 有満俊昭 裁判官 奥田哲也は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 藤浦照生)

別紙 物件目録〈省略〉

別紙 「追加請求額の総括表」〈省略〉

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